COLUMN


鴨川の橋を渡った先、河原町今出川のバス停から少し視線を移すと目に入ってくるのが、今回Whateverがプロデュースする建物。
古い街並みの中に溶け込みながらも覗き込みたくなる新空間への準備を着々と進めています。
先日、取り崩したてのまっさらの現場に足を運んできました。
今回のコラムでは、その現場の様子をお届けし、完成までの過程を追っていきたいと思います。
このコラムを読み進めてくださっている方と一緒に、完成を見届けることができたら嬉しいです。
では早速本題へ。

「壁に貼ってある新聞から感じる風情」
一番興奮したのがこの新聞

実はこの新聞、昭和37年のもの。
「昭和37」って西暦何年?ってなったお仲間はいらっしゃいませんか?
何かの数字を足し引きすれば和暦と西暦はすぐ出せると聞いたことがあったのですが、私はその数字をおぼえていなかったのでこれを機にしっかり覚えることにしました。
調べると、以下の数字を足したら西暦になるそうです
昭和は+25
平成は+12(※2000年以降の場合)
令和は+18
37+25は62年つまり1962年の新聞が使われていますね。この昔の新聞は、完成後もそのまま壁に展示され、鑑賞できる状態で残るそうです。👀✨
「京都の建物の隙間ほぼないのはなぜ?」

左が隣の建物。右が今回の建物
京都の建物の隙間がなさすぎだ!と思ったことありませんか?
宅地の間口が狭く奥行きが深いことから「うなぎの寝床」という言葉が生まれたそうです。
かつて、間口3間(1間=役1.8m)ごとに家屋税が課されていたことが理由で、
さらに3間を1間だけ超えても2件分の家屋税がとられたため、
ほとんどの京町家は間口が3間以内になっているとお聞きしました。
京都の建物の隙間がこれだけ狭いのに建物を立てることができてるのってすごいですよね✨
詳細はどんどん公開していくのでお楽しみに…!

【この記事を書いた人】
ひろこ (Whatever STAFF)
三重県出身。大学生。間接照明とカメラがとにかく好き。自由で自立した理想ライフ実現するために日々進化中✨「何でも一旦やってみること」モットーに生きてます!
